秋田県における消化器がんの現状と内科医の使命~臨床データ解析を通じたインサイトの探求~
消化器内科の幅広い領域と地域の課題
消化器内科は、消化管、肝臓、膵臓、胆道系、腹膜の臓器を対象とする分野であり、多岐にわたる領域を担っています。秋田県では胃がん、大腸がん、食道がん、膵がんなどの消化器系のがんによる死亡率が全国的に高い傾向にあり、地域医療の中での課題のひとつとなっています。
こうした背景のもと、飯島教授は秋田県内の臨床データを継続的に収集し、最近の傾向や特徴、さらにはがんの原因となる可能性のある要因を探索しています。臨床と研究の両面から地域医療に貢献することを目指し、消化器内科医が果たすべき役割は極めて大きいと考えています。
データに意味を与える研究姿勢

飯島教授は日々多くの論文に目を通しながらも、自身も将来の研究者たちにインサイト(洞察)を与えるような論文の執筆に力を注いでいます。
実験で新しいことを探し出すというよりも、患者さんの既存のデータを丁寧に集め、そこからこれまで見過ごされてきたような事象を指摘し、今注目すべきトピックを浮き彫りにしてデータに意味を与えていくことが得意だという飯島教授。データを集めること自体は難しくありませんが、それを論文化し、意味のある形で伝えることは容易ではありません。
しかし、飯島教授はそこにやりがいを感じています。解析から通説とは異なる結果が出たとしても、それにひるむことなくデータにストーリーを持たせて説得力ある論文を作り上げることを意識しているそうです。
食道がんと肥満の意外な関連性
BMIと腹囲から読み解く健康
これまでのデータから、飯島教授は肥満と食道がんとの関係について興味深い発見をしたといいます。欧米では肥満と食道がんの関係性が示されていますが、日本人においてはその関係性が明確に示されないという事実に対し、飯島教授は「なぜだろう?」という素朴な疑問を抱きました。
肥満の指標として一般的なBMI(Body Mass Index)は、体重と身長から算出されます。算出方法はBMI(kg/㎡)=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)です。標準値は22で、25以上は過体重、30以上を肥満と評価しています。
体脂肪は大きく皮下脂肪と内臓脂肪に分類され、中でも内臓脂肪の蓄積は生活習慣病やがんとの関連が注目されており、腹囲を測定することで内臓脂肪の蓄積状態を間接的に評価することができます。腹囲の基準値は、男性で85cm以上、女性で90cm以上とされています。
通説を覆す肥満とがんの関連性

食道がんには主に扁平上皮がんと食道腺がんの2つの組織型が存在します。扁平上皮がんは日本人に多く見られるタイプで、食道粘膜の内層に存在する扁平上皮に発生し、主なリスク因子には、過度な飲酒と喫煙が関係しているといいます。
一方で食道腺がんは、粘液分泌を担う腺上皮細胞の悪性化により発生し、逆流性食道炎による慢性的な胃酸逆流が発症要因とされ、リスク因子には胸やけ症状と肥満が指摘されています。
一般的にBMIや内臓脂肪量の増加はがんの罹患リスクと関連することが示唆されているため、飯島教授はBMIと腹囲の双方を解析モデルに組み込み、それぞれのがんリスクとの関連性を検討しました。
その結果、BMIは高値であるほど食道がんのリスクが低下する傾向を示し、がんの危険と負の相関が現れたそうです。一方腹囲については、数値の上昇に伴って食道がんのリスクも上昇し、がんの危険と正の相関が明らかになりました。
つまり、BMIと腹囲の数値が高いほどがんリスクも高いと考えられていたものが、相反する相関となっていたのです。通説とは違うこの結果については、BMIが体脂肪率や筋肉量などの身体組成を反映しない単純な指標である点が影響していると考えられます。
たとえば、筋肉量の多いアスリートやボディービルダーの場合、BMIが高値を示すことがありますが、必ずしも肥満ということではありません。そのため、単にBMIのみを指標とするのではなく、脂肪組織、特に内臓脂肪の蓄積に着目した評価が重要で、内臓肥満は食道がんの発症リスクと強く関連している可能性が示唆されました。これが飯島教授のデータにストーリーを持たせインサイトを与える論文手法なのです。
上部消化管出血における全身管理の重要性

上部消化管出血は、食道?胃?十二指腸からの出血によって起こり、吐血をきっかけに救急搬送されることがあります。標準的な治療としては、内視鏡による止血処置が行われ、その後は入院による経過観察と管理が必要となります。
止血によって直接命を落とすケースは少ないものの、入院中に亡くなる患者が約5%いることが報告されています。しかし、その多くは出血そのものが原因ではなく、高齢に伴う心機能の低下や肺炎、血栓による脳梗塞、心不全といった合併症が関与していたのです。
この事実を踏まえ、飯島教授は「止血後の全身管理の重要性」を強調し、消化器内科医に対して注意を促す発表を行いました。この発表は、包括的な患者管理の必要性を示す警鐘的な論文として注目を集めました。
臨床現場から生まれる疑問の力

臨床から感じる「どうしてだろう?」という疑問は、患者さんと日々接している医師だからこそ持ち得る視点であり、それが研究における最大の出発点でもあるといいます。現場での実感をもとにデータを掘り下げていくことで、研究に深みと独自性が生まれます。
飯島教授の研究は、前向き研究(prospective study)よりも、すでに存在する診療データをもとにする後ろ向き研究(retrospective study)の手法を活用しています。多因子が絡む複雑な事象を解析する際には、多変量解析を用いて因果関係を丁寧に探っていきます。解析に入れると、結果に対してどの因子が関係しているのか、関係性が見えてくるそうです。
医師を志した原点と消化器内科への道

飯島教授は、小学6年生のときに野口英世の伝記に感銘を受けて医師を志しました。広島の原爆被害の話も影響し、「人の命を救う仕事」に強い憧れを抱いたそうです。消化器内科を選んだのは、内視鏡という手技への興味と、内科と外科の中間に位置するこの分野にやりがいを感じたためです。
高齢化が進む秋田県で消化器系がんの罹患率が高い理由には、喫煙や飲酒、塩分の多い食生活などの生活習慣が挙げられます。しかし、日頃から生活習慣病を意識し、がん検診を定期的に受診することで早期発見?早期治療ができる時代になりました。
最近では4KカメラやAI技術を搭載した内視鏡も導入されており、病変の見落としを防ぎ、より精度の高い診断が可能となってきています。飯島教授は内視鏡や超音波検査、治療に必要な手技的技術を伝授するために若手育成にも励んでいます。
「研究にはリーダーシップを持ち、既存の枠組みにとらわれずに変わった視点で物事を見る個性と、通説と異なってもひるまずに進む気持ちが必要である」と飯島教授は言います。
日々の診療の中で芽生える素朴な疑問を解決するために研究を進め、キラリと光る研究成果を秋田から世界へ発信するべく、"Give insights."という思いで飯島教授の研究はこれからも続くことでしょう。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです